今月の一冊は、世界の見方をすこしだけずらし、目に見えないものを想像させる豊かな物語群『月の光 現代中国SFアンソロジー』(早川書房)
今月の1冊『月の光 現代中国SFアンソロジー』(早川書房)
書籍:『月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
(ケン・リュウ(編集),劉 慈欣/早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/287508/
選書理由
オバマ前大統領も絶賛したという小説『三体』の大ヒット、映画『メッセージ』の原作など、脚光を浴びる中国SF小説。私もわりと好きで読んでいるので、今回の「現代中国SFアンソロジー」も、楽しく読みました。
ブックレビュー
SFというジャンルには、決まりごとがふたつだけある。
ひとつめは、扱う題材が科学的であること。
ふたつめは、扱う題材が空想的であること。
そのふたつを両立させる不思議なジャンルが、SFという分野である。
……これって、冷静になって考えてみると、へんな話じゃないだろうか。「空想科学小説」なんて言葉もあるけれど、SFは、実は不思議な概念だ。
ふつう、「空想」と「科学」は相反するものとしてとらえられる。フィクション、つまりは現実に存在せず妄想の産物であるものを、人はたとえば「非科学的」と呼んだりする。「占いって、非科学的だけど、まあ信じちゃう人がいるのはわかるよね~」なんて私たちは軽く言う。その一方で、「科学」といえば、すべてが計測可能な、可視化された事象をあつかう分野である。「科学的」という言葉から、私たちはどうしても、論理で説明することのできるものを想像してしまう。
だけど、この世界で唯一SFだけが、「科学」と「空想」の垣根を払うことができる。目に見えるものと見えないものの行き来をゆるす。
今回紹介する小説群を見渡すと、そんな事実を思い出す。
『月の光 現代中国SFアンソロジー』は、16篇にもわたる「中国SF小説」がおさめられたアンソロジーだ。
と、内容紹介を書くとかんたんなのだけど、中身は、それはもう多ジャンルで、「中国SF小説」というくくりを教えてもらわないと、何のアンソロジーだかわからないくらいだ。
まるで月に照らされた美しい街の歴史と技術の風景スケッチを集めたかのような小説から、SNSを題材としたいかにも現代的な皮肉SF小説に至るまで。それはもう広い範囲の物語がおさめられている。
たとえば「始皇帝がゲーマーだった」という設定ではじまる小説。たとえば「朝鮮人のもっともあこがれる作家がサリンジャー」という設定ではじまる小説。あるいは「AIとアラン・チューリングの人生を重ねたら」という設定ではじまる小説。
どれも、SFという、フィクションと現実のはざまを行く小説ジャンルでないと、書けない物語たちだ。
私は思い出す。本来、SFというのは、世界の見方をすこしだけずらす物語たちのことだった、と。
そもそも「世界は目に見えるものと見えないものの双方でできているけれど、きみは、そのどちらもにロマンを感じることができるか?」と、ぐんぐん問いかけてくるのがSFだったのだ。
私はサリンジャーも始皇帝もチューリングも知っている。月の光の美しさも、SNSのしょうもなさも、どれもこれも、知ってはいる。
しかしそれらを、本当の意味で鮮明に、見たことがあったのか? 目に見えるものから、そこに見えないものを想像することができたか?
中国SFの作家は、豊潤な物語群から、そんなことを私に問いかけている。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
(ケン・リュウ(編集),郝景芳/ 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/261809/
シリーズ第一作目。中国SFの幅広さが理解できる、アンソロジー集。個人的には作者の経歴がちゃんと書かれているのも面白い。現役エンジニアの小説家、とか。
書籍:『息吹』
(テッド・チャン / 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/284012/
気鋭の中国系アメリカ人のテッド・チャンによる短編集。世界を深く、ただしく見つめようとする視線が美しい。
Kaho's note ―日々のことなど
すっかり在宅勤務に慣れてしまい、もはや出社モードに戻れるかどうか心配な日々です。在宅勤務で好きになったことその一、料理。こんなにもしっかりと自炊をしたことがあったのか(お恥ずかしい話ですが)と思うほど料理をするようになりました。おすすめレシピあれば教えてください。ひとまず私はオレンジページとキリンのレシピサイトが優秀だということを学びました。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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