今月の一冊は文章で体感してほしい、特別な緊張感。コンラッド『闇の奥』(光文社)
今月の1冊、『闇の奥』(光文社)
書籍:『闇の奥』
(ジョゼフ コンラッド,黒原敏行 (翻訳)/ 光文社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/23781/
選書理由
大学生の時にはじめて読んだ『闇の奥』。今回久しぶりに読んでみると、文学作品としての面白さが際立っていて、驚きました。
ブックレビュー
『闇の奥』を読むと、興奮、という言葉の存在を思い出す。
私は日常を過ごしていても、興奮する、つまり、どきどきしたりわくわくしたりすることは、なかなかない。……と言い切ってしまうのも切ない話だが、しかし、まあ、そんなにない。「げえっ」と叫んでどきどきすることはあるし(主に準備不足とか忘れ物を思い出すとか)、「えー面白い本見つけた!」とわくわくすることもまああるが、しかし、本当の意味で興奮することは、あまりない。この先の展開に対して、未知だからこそ、アドレナリンが出る、という体験は、大人になると少なくなる。
しかし『闇の奥』を読むと、私は、どこか体が興奮する。心身が高揚する。
それはきっとこの小説が、先の分からない不穏さと、悪夢みたいな恐ろしさと、それでいて手触りのある恐怖をちゃんと描いてくれているからだ。
興奮とは、恐怖の先を望むことなのかもしれない、と私は知る。
『闇の奥』は、ジョゼフ・コンラッドが20世紀初頭に綴った小説だ。小説でありながら、内容はかなり作家の実体験によるものが大きい。
主人公のマーロウは、イギリスで働いていたのだが、とあるきっかけで暗黒大陸と呼ばれるアフリカに、船で向かうことになる。
一カ月ほどかかって辿り着いた場所、アフリカは、彼の知らない存在に満ちていた。
マーロウは、黒人や奴隷と出会いながら、ジャングルの奥地に進んでゆく。そしてマーロウは、クルツの噂を聞くのだった。彼は大量の象牙を仕入れているのだという。彼の存在を知るために、マーロウはさらに奥へ進むことになる。
もしかすると、映画化されたときの『地獄の黙示録』というタイトルの方が有名かもしれない。コッポラ監督が時代や設定を変更して、『闇の奥』を翻案した作品が『地獄の黙示録』なのだ。
しかしこの小説は、ぜひ文章で体感してほしい、と願わずにはいられない。 といってもこの小説の魅力は決して冒険活劇にはない。その不穏な、暗い、何が起こるかわからない描写が面白いのだ。
迫力ある蒸気船の描写や未知の人々に襲われる過程、不思議な男クルツに迫る経験、そしてジャングルという深い自然の中で発見される人間の残虐さに触れる経緯が、文章でどんどん暴かれてゆくところに、読んでいると素直にどきどきするのだ。マーロウの緊張が伝わってくる。そしてそれはおそらく作者自身の体験した感情なのだろうが、「本当に未知のものが存在していた時代」の特別な緊張感を味わうことができる。読者としては、恐怖や不安と同時に、興奮を覚えてしまう。
それはいまの時代にはなかなか見つからないものかもしれない。世界にまだ未知のものがあった時代の産物かもしれない。
しかし小説をひらけば、それを追体験することができる。なんて面白い小説なんだろう、と、読むとどきどきしてしまう。
未知のものは、もしかすると、怖いかもしれない。恐怖を呼び起こすかもしれない。でも、それはたぶん興奮と紙一重だ。
小説のなかにしか存在しない未知のものが、今の時代もまだあるんじゃないか。そんなふうに、『闇の奥』を読むと、感じてしまうのである。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『一九八四年[新訳版]』
(ジョージ・オーウェル, 高橋和久 (翻訳) / 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/12502/
書籍:『すばらしい新世界』
(オルダス ハクスリー, 黒原敏行 (翻訳)/ 光文社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/224616/
これもまた20世紀イギリス小説の傑作。いやほんとこの時期のイギリス文学って強いですね。管理社会を煮詰めた先にあるものを見せてくれる、ディストピアSF文学。
Kaho's note ―日々のことなど
11月に新刊が出ました! タイトルは『女の子の謎を解く』(笠間書院)、みなさまよければぜひチェックしてもらえたら嬉しいです。年末までいろいろとイベントが入っているので、2021年最後まで頑張りたいなあと思っているところです……。年の瀬、忙しくなる方も多いかと思いますが、どうかお体ご自愛くださいね!
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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