ブックイベントに行ってみた!トークイベント「大前粟生×早助よう子<短編小説の愉楽〈短さ〉の射程をめぐって>」
トークイベント「大前粟生×早助よう子<短編小説の愉楽〈短さ〉の射程をめぐって>」
日時 2021年3月31日(水) 20:00~21:30
主催 双子のライオン堂 ※イベントはオンライン配信
登壇者(敬称略)
大前粟生(作家)、早助よう子(作家)、長瀬海(ライター、書評家、司会進行)
イベント詳細 https://peatix.com/event/1847557
青い扉が目印。イベントを主催した双子のライオン堂(赤坂)
こんにちは。本が好き!レビュアーのタカラ~ムこと佐野隆広です。「ブックイベントに行ってみた!」第9回は、「大前粟生×早助よう子<短編小説の愉楽〈短さ〉の射程をめぐって>」のレポートです。今回は登壇者がそれぞれの場所からZOOMでつないでのオンライン開催でした。イベントを主催した双子のライオン堂は、赤坂に店舗を構える本の表紙を模した扉が印象的なお店です。その扉を開いて店に入るときは、まるで本の表紙を開いて本の世界に飛び込むような感覚が味わえる魅力的な本屋さんです。
イベントは、精力的に短編小説を書き続けているお二人に、司会の長瀬海さんが、短編小説の魅力や短編と中編の違いなどの話を聞いていく形で行われました。数あるお話の中から印象的だった話をご紹介していきます。
登壇者のプロフィールは、こちら
短編の書き手として
長瀬:お二人は精力的に短編を書いている小説家だと思います。短編と中編では書くときのプランニングは違いますか
大前:短編は何かを壊したら出来上がるというイメージ、中編は一軒の家を建てているイメージです。短編は、一瞬の爆発力を切り取って出来上がり、中編は、そこに至るまでの過程を大事にしないといけないと思います。
早助:中編については試行錯誤の真っ最中です。短編についていうと、以前は人生のいち場面をできるだけ鮮やかに切り取る、という方法を取っていました。読者としてもそういう作品が好きだったんですが、今はなんとなく始まってなんとなく終わる作品もいいなと思うようになってきましたので、執筆の方法も変わっていきそうですね。
司会進行役の長瀬海さん(左上)、作家の早助よう子さん(右上)と大前粟生さん(下)
中編にはない、短編の魅力
長瀬:中編はある程度説明に言葉を費やすという話がありました。中編だと書けない短編の魅力とはなんでしょうか。
大前:短編は、意味不明な一文を入れても成立しそうなところがすごくいいなと思います。中編だと、ちょっとしたシーンや文章が伏線のようになって、読者は何かを期待をしたり、推理が生まれたりするように思いますが、短編だと、疑問が残っても疑問のままで終わってくれるみたいに思います。
早助:切れ味の良さを楽しむことでしょうか。物語の前後を大胆に裁ち落として、読者に物語の外部や余白を感じさせることは、長編や中編にはない、短編の大きな魅力だと感じます。
お二人の著書。早助よう子さん『恋する少年十字軍』(河出書房新社)、大前粟生さん『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房)
後半では、お二人が好きな短編小説をそれぞれ3編、好きな一文の引用とともに紹介しました。
早助よう子さんの好きな短編小説3編
ジーン・リース「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」
書籍:『あいつらにはジャズって呼ばせておけ』に収録
(ジーン・リース,西崎憲(翻訳),中島朋子 (翻訳)他 / 惑星と口笛ブックス)
何度も邦訳されている、人気のある作品。自分の好みにぴったりきすぎてもはや言葉もないが、強いていえば、この主人公の子供っぽさ、尊大さ、怒り、誇りの高さや弱さに共感する。
キャサリン・マンスフィールド「ささやかな愛」
書籍:『ポケットアンソロジー この愛のゆくえ』に収録
(中村邦生 (編集) / 岩波書店)
マンスフィールドが19歳のときの作品。明確な筋を持たせず、混乱の中から物語が発生しかかった瞬間、至福が訪れて全てを呑み込んでしまう。女同士のエロティックな交歓を書いた素晴らしい作品。
小山清「犬の生活」
書籍:『落穂拾い・犬の生活』に収録
(小山清 / 筑摩書房)
最大級の賛辞として「ちょっと愚かしいほどの心根の良さを感じる」。自分は皮肉を効かせて書く方だが、小山清には毎度、心を打たれてしまう。しっかり地に足がついているにも関わらず、なぜか現実味がないというこの浮遊感、そして幸福感にぐっとくる。
大前粟生さんの好きな短編小説3編
トーベ・ヤンソン「この世の終わりにおびえるフィリフヨンカ」
書籍:『新装版 ムーミン谷の仲間たち』に収録
(トーベ・ヤンソン,山室静(翻訳) / 講談社)
何かを解決しようとするなら、なにかしら無秩序な状態を経由しようと読んだときに思った。小説を書いていると、書けば書くほど余計なものを書ける可能性が減っていく。そこが書きながらもどかしくなる。そういう時にこの小説を読むと元気が出る。
コルタサル「南部高速道路」
書籍:『悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集』に収録
(コルタサル,木村 栄一(翻訳) / 岩波書店)
恐怖から抜け出すことで新しい恐怖が始まっていく話。高速道路の渋滞に、何百日という単位で巻き込まれていく話だが、巻き込まれた人々がパニックにならず秩序だっていく。渋滞が解消されたときに、そこで生まれた生活も解消されて元の日常に戻るときの恐怖、焦燥感が書かれていて面白い。
ジャネット・フレイム「黒鳥」
書籍:『潟湖(ラグーン)』に収録
(ジャネット・フレイム,山崎 暁子 (翻訳) / 白水社)
子供の感性、不安と喜びが短い間隔の中でスイッチしていくことを巧みに書いている。小説を読んだり、映画を見たりして感情が揺れていくこと自体が、子供心に近いのではないかと思った。年に1回くらい読み返している。
文学賞の必要性、短編小説を書くということ
長瀬:お二人が若手作家の中でも稀有な存在なのは、中編を書きながら短編も書き続けていることだと思います。今の文壇では、中編を書いて何か賞を獲ることが求められてくると思いますが、短編はどうしても陽の目が当たらないのではないかと思います。お二人は、求められるものから抜け出して短編をたくさん書きたいのか、中編も短編も生産的に書いていきたいのか、どちらの感覚ですか。
大前:両方書きたいと思っています。短編の賞はどんどん増えたらいいと思っていますし、短編は、書きやすさや読みやすさがあって、作り手を増やしていくと思うので、短編の賞や発表する機会、読む機会が増えていくといいなと思っています。
早助:確かに文芸誌からは賞を意識した枚数の注文を受けることがほとんどです。ただこの問いの前提として、文学の生産の場は必ずしも賞を中心にまわっているわけではないですよね。いち読者としてもそう思いますし、書き手としてはあまり何かに期待せず、これからも書きたいものを書きたいように書いていきたいですね。
小説家をはじめ、さまざまな専門家の選書した本が並ぶ店内。イベントも精力的に開催している
終わりに
以上、トークイベント「大前粟生×早助よう子<短編小説の愉楽〈短さ〉の射程をめぐって>」のレポートをお送りしました。まだまだ書ききれない楽しい話がたくさんあったイベントでした。なお、今回のレポートの写真は主催の「双子のライオン堂」様からご提供いただきました。登壇された大前粟生さん、早助よう子さん、長瀬海さん、双子のライオン堂の店主・竹田信弥さん、楽しいイベントをありがとうございました。
■参考
双子のライオン堂 https://liondo.jp/