今月の一冊は、まるで異国の物語のような、美しく豊かな戦前の東京の空気感『小さいおうち』(文藝春秋)
今月の1冊、『小さいおうち』(文藝春秋)
書籍:『小さいおうち』
(中島京子 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/205137/
選書理由
映画がすごく好きな作品だったので、小説も読んでみようと思い立ち選びました! とても好きな空気感の作品で嬉しかった。
ブックレビュー
戦前を舞台にした小説を読むと、ある意味、海外の小説を読むよりもずっと異国の話を読んでいるような気になってくる。
それくらい、今の日本とは、生きるテンポも、暮らしの在り方も、大切にしている価値観も違う。と、感じてしまう。
もちろんそれが現代に出版された小説ならば、作家は現代を生きる私たちと同じような視点を持っているわけで、戦前の日本をまるで異国みたいと感じるなんて錯覚なのかもしれない。しかしそれでも、やっぱり戦争の時期を挟んで、戦前と戦後では、この国の在り方はまるっきり変わったんじゃないだろうか、と思うことがよくある。
本書『小さいおうち』もまた私にとっては、戦前から戦時中の日本を舞台にした、まるで異国の物語を読んでいるかのような小説である。
舞台は東京、戦争へ向かう足音が聞こえる昭和初期に女中のタキが綴る物語である。
あるお金持ちの家に女中としてやってきたタキ視点で、その家の暮らし、人間関係、そして戦前の東京文化を描き出す。とくに家で秘められた密やかな人間関係の変化には、最後まで目を離せないようになっている。
戦時中といえば、数々のフィクションで描かれた通り、戦争に翻弄される庶民や、空襲に燃える東京の街を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし本書はそれとは違う。むしろ戦争が近づいてきた時、あるいは戦時中ですら、世界で何が起こっているのか、そもそも今日本がどのような局面にあるのかなんて気づかないのだ――ということを本書は教えてくれる。
基本的に新聞やラジオしかメディアのない時代、タキたちもまた、戦争のことは曖昧なまま、豊かな日常を暮らしている。その豊かさといえば、今の日本からは想像もつかないほど美しい生活で、「なんだかおとぎ話を読んでいるみたいだなあ」と感じてしまうのだった。
しかし案外、時代の変化なんて、変わった後ではじめて「そういえば時代は変わったなあ」と思うものなのかもしれない。「あの時って、今から考えたら平和だったよね」とか「あの頃は今とは違う国みたいだな」と、私たちはその時代が過去になってはじめて、その時何が起こっていたかを理解するものなのかもしれない。
そういう意味で本書は、庶民目線の戦前の東京の空気を、時代をこえてうつくしく再現してくれた、稀有な小説なのだろう。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『細雪(上)』
(谷崎潤一郎 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/44313/
戦前を舞台にした話といえば、関西バージョンだと『細雪』がおすすめです。ひたすらに豊かな戦前の関西の空気を、小説に閉じ込めてあります。長い小説なので、眺めるようにゆっくり読むのもいいですね!
書籍:『D坂の殺人事件』
(江戸川乱歩 / KADOKAWA)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/244423/
Kaho's note ―日々のことなど
夏ももう終わり……と言いたいところですが、暑さは続いたままで、いつ夏が終わるんだろうと京都でくらくらしております。でも寒くなってきたらそれはそれで文句を言っている自分が見えます。ああ、春と秋が年々短くなってゆく……!
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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