今月の一冊は、小説そのものが内包するロマンに没頭する『月の満ち欠け』(岩波書店)
今月の1冊『月の満ち欠け』(岩波書店)
書籍:『月の満ち欠け』
(佐藤正午 / 岩波書店)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/250105/
選書理由
じつは読んだことのなかった佐藤正午さん。このたび『月の満ち欠け』が岩波文庫から出たようで、思わず買ってしまいました。家にこもることの多い時期だからこそ、小説というジャンルの面白さに満ちた物語を読んでほしいです!
ブックレビュー
小説、というジャンルは、比較的「ロマンティック」を表現しやすいのではないか…と思うときがある。
いや、こんなことを言っては映画ファンや漫画ファンに怒られそうだ。私が小説をとりわけ好むから思うことなのかもしれない。だけどそれでも、やっぱり小説はロマンティックを表現するのに適した媒体じゃないか? と考えてしまう。
ロマンティックとは何か。それは、素面でいうとちょっと照れてしまうような、ロマンに満ちた、小っ恥ずかしい信念のことである。
たとえば今回紹介する、佐藤正午さんの小説『月の満ち欠け』。直木賞も受賞したことがあり、2019年になんと岩波文庫(!)で文庫化された小説。こちらの小説は、あらすじだけ読むと、なんともロマンティックなお話である(いや、中身を読み終わっても、やっぱりロマンティックな話だと思うけれど)。
なんせ、岩波文庫表紙に書いてあるあらすじの締めくくりは「その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく、この数奇なる愛の軌跡。」。これだけだと、ちょっとロマンにあふれすぎている。読んでるこちらが照れてしまいそうじゃないですか。
だけど実際にページをめくり、『月の満ち欠け』を読んでいくと。そんなあらすじの恥ずかしさなんて吹き飛ぶ。小説そのものが内包するロマンに没頭してしまう。
たとえば長い時間を経たうえですれちがう男女、そして繰り返し現れるモチーフ、何度も呟かれる決まった台詞。
そんな小説の小道具が、小説そのものの面白さと相乗効果を生むのだ。
小説『月の満ち欠け』を読むとよくわかるのだけど、映画や漫画で、画像と一緒に呟かれると「気障すぎる……」と思うような台詞でも、なぜか小説になると、「なんか素敵」と思えてしまう。(この小説でいうと、たとえば「瑠璃も玻璃も照らせば光る」、たとえば短歌、たとえばアンナ・カリーナ)。
それは小説が、ひとりで読むことを前提としたメディアだからだろう。作者と読者は、一対一の関係で結びつく。そこに邪魔な絵はいらない。ただ、台詞や文章だけで読者を没頭させてくれる。だからこそ、冷静になれば恥ずかしくなるようなシチュエーションも、小説なら、「面白い!」と熱中させてくれる。
つらつら語ってしまったけれど、まあ何がいいたいかといえば、『月の満ち欠け』は、そんな小説的な面白さに満ちたロマンティックな小説だってことです。
最近、こんなふうに浸って面白い小説を読んだことなかったなあ、と私自身はっとさせられた。面白かったなあ、と読み終わった後つぶやいてしまった。
小説は没頭させてくれてこそ。日常に不安がある日々こそ、小説のロマンティックが私たちをすくってくれる。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『ジェニーの肖像』
(ロバート・ネイサン / 東京創元社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/5177/
『月の満ち欠け』を読んでいた時、ずっとこの小説のことを思い出していた。ジェニーの肖像。私の中で「ロマンティック」をもっともうまく扱うことに成功した小説である。前世モノでもあるし、『月の満ち欠け』とあわせて読んでほしい。
書籍:『ライオンハート』
(恩田陸 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/11965/
で、『ジェニーの肖像』を元ネタとして書かれた(と作者さんが言っている)、日本のロマンティック小説がこちらだ。繰り返し登場する女性(しかも一回はみんな少女になるのだ)、というモチーフは、あらゆる小説家に好まれるんだなあ。おすすめです。
Kaho's note ―日々のことなど
ウイルス影響で、登壇する予定だったイベントがばたばたとなくなり、会社でも色々と対応に追われ。なんだかびっくりな春ですが、それにしてもプライベートでは自分がいかにインドアな人間かを思い知らされます。ふだんから部屋にこもってるだけだから、ぜんぜん影響がない……。しかし元気な人間こそ経済をまわしてこ~、という気になりますね。消費することを肯定してしまう春です。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
・本が好き!2020年2月月間人気書評ランキング