今月の一冊は、認知症の現実と希望の両面を描いた『長いお別れ』(文藝春秋)
今月の1冊、『長いお別れ』(文藝春秋)
書籍:『長いお別れ』
(中島京子 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/263246/
選書理由
中島京子さんの小説、久しぶりに読みたい~! と思って選びました。とくにキャラクターの描き方がいつも丁寧なんだなあ、と改めて感じる小説でした。
ブックレビュー
認知症、と聞くと、大変そう、という言葉が一番最初に浮かんでしまう。
そもそもその症状がどんなものかも知らない。いったいどんな大変なことがあって、どんな辛いことがあるのか、そんな情報に触れることがあまりない。ちょっとした物語のなかに出てきておぼろげに知るくらいだ。
それでも「認知症」と聞いて、周りの人や本人が辛くないわけはない、大変なんだろう、と瞬間的に思ってしまう人はやっぱり多いんじゃないだろうか。
そんな認知症という言葉に、少しのユーモラスさと、そして少しの希望を与えてくれるのが本書だろう。
主人公は、ある日認知症だと診断された男性、東昇平。
彼はむかし、校長先生をするくらい仕事熱心だったのだが、呼ばれた同窓会にすら辿り着けなくなる。
本人も家族もショックを受けるが、症状はどんどん進んでゆく。
友人とふつうに話すことすらままならなくなり、なくしものも増える。が、そんな夫を妻の曜子は介護し続ける。いわゆる「老老介護」だ。
娘たちはなかなか自分の生活が忙しく、介護に携われない。
しかし彼らの生活は、とうとうバランスを崩してしまう。
タイトルの「長いお別れ」という言葉は、そのまま認知症のことを指しているらしい。
認知症はすぐに亡くなるような病気ではない。この小説だって、昇平が診断されて亡くなるまでの10年間を描いている。
しかしその長さは、一方で家族の負担になり、一方では家族の救いになっている。
その両面をこの小説は丁寧に描く。
しかも、認知症が進んでゆくさまは、少しだけユーモラスな描写ですらある。ふふっと微笑んでしまうような書き方は、作者がおそらく希望をもって描いたものではないだろうか。
認知症だって、診断されて、それで誰かの人生が終わるわけではない。そこから始まる物語だってたくさんあるのだ。だったら、少しでもユーモアをもって、そして希望を抱えていくべきではないか、と。
認知症にまつわる現実も真っ向から描かれる。とくに家族のサポートにおいて無理が強いられる様子は、やはり読んでいて胸が痛い。
しかしそれも含めて、認知症の現実と希望の両面を描いた本書は、きっと誰かの救いになるだろう。それはお別れが長いことそのこと自体の、良い面と悪い面の、両面のことでもあると思うのだ。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『小さいおうち』
(中島京子 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/205137/
書籍:『小説8050』
(林真理子/ 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/300562/
こちらは「現代の家族の問題」がテーマつながりで。7年間引きこもっている息子のいる夫婦は、意を決して息子と向き合うことに決める。学校でのいじめや夫婦仲などについても考えされられるだけでなく、なによりエンタメ小説としても面白い小説!
Kaho's note ―日々のことなど
10月は小笠原諸島に行ってきました! なんと1週間に1回しか船が出てないという離島……。行ってみると南国のような気候で、人の少ない沖縄のような場所でした。本州との温暖差についていけない~! と嘆いています。
Information
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書籍:『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』
(三宅香帆 / 河出書房新社)
書籍詳細URL:https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309617466/
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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