マイノリティという壁を越えて世界を変えようとするふたりの女性が“一冊の本”でつながる、胸アツな物語『あの本は読まれているか』(東京創元社)
今月の1冊『あの本は読まれているか』(東京創元社)
書籍:『あの本は読まれているか』
(ラーラ・プレスコット,吉澤康子(翻訳) / 東京創元社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/286955/
選書理由
冷戦時代にCIAのタイピストとして採用された女性が、小説を武器にソ連と戦う……こんな設定を聞いて、「うわー面白そう」と思わない人なんている!? はい、実際読んでみてもとても面白かったです。でも意外と、スパイ小説での面白さの文脈よりももっと面白い箇所がありました。
ブックレビュー
小説が出てくる小説が好きである。
『三月は深き紅の淵を』、『風の歌を聴け』、『カササギ殺人事件』。いわゆる「作中作」と呼ばれるような、小説のなかで小説が綴られる話も好きだし、そもそも「本」をテーマにした小説も好きだ。 『あの本は読まれているか』みたいに、実在の小説をテーマにして、「えっ、これ本当のこと?」とフィクションながら信じてしまいそうになる物語を綴ってくれると、それだけで面白さを確信してしまう。
『あの本は読まれているか』という小説は、ふたつの物語が交錯するかたちで構成されている。
ひとつは、米ソ冷戦時代に世界の裏で活躍していたCIAのタイピストの物語。ロシア系アメリカ人のイリーナは、ただのタイピストとして採用されたはずが、実はとあるミッションを担ってスパイとして活躍するようになる。
もうひとつは、ロシアの詩人パステルナークと、愛人オリガの恋愛物語。パステルナークの小説『ドクトル・ジバコ』に登場する女性のモデルは彼女だったといわれるくらい、作家のミューズだったはずのオリガ。しかし「危険人物の関係者」という密告から、彼女は強制収容所に送られてしまう。 西側と東側、ふたりの女性を主人公として物語は進む。はたして、時代によってぱっくりと区切られていた二人の物語は、交わることがあるのか?
実は彼女たちをつないだのは、一冊の小説だった。
パステルナークの書いた『ドクトル・ジバコ』である。
タイピストのふりをしたCIAのスパイ! とか、ソ連の反逆小説が東西冷戦時代の世界を変える! とか、そんな今すぐにでも映画化しそうな派手なあらすじも、本書の魅力なのだけど。私がこの小説を心から面白いと思った理由のひとつが、「東西冷戦」の話のように見せかけて、この小説が「女性であること」や「移民であること」を通した「マイノリティが生きる」話になっているところだ。
面白い、と一概に言ってしまうのは誤解を招くかもしれないが、それでも面白いと言いたい。たとえば東側の強制収容所や過酷な告発の状況と対比して、西側は一見、自由な世界のように見える。しかしその実、女性であることによってガラスの天井は確実に存在する。主人公の「タイピスト」という職業すら「女の職業」と呼ばれていて、差別やハラスメントの温床になっている。あるいはLGBTであったり移民であったり、マイノリティ性こそが蔑視の理由になってしまうことが、本書では繊細に描かれている。
もちろん東側でも、マイノリティ――つまりは反体制派として生きることが、徹底的に弾圧される様子がわかる。
だからこそ、西側に生きる女性も、東側に生きる女性も、自分の内なるマイノリティ性を抱きながら、自分のミッションをまっとうしようと生きるさまが、私たちの胸に迫る。というか、ドキドキするくらいの面白さを帯びてくる。その結果、ほんとうに世界が変わる様子を目にして、驚く。
小説が出てくる小説が好きだ。
それはつまり、小説を読む、ということ自体が、とても個人的な、ある種のマイノリティ性を自分のなかに抱くことになるからだ。小説を抱く登場人物に、私たちは共感し、好意をもつ。
『あの本は読まれているか』は、そんな小説の内なるマイノリティ性をものすごく面白く利用しながら、それでもなおたくさんの人が楽しめる物語になっている。だからみんなにすすめたいのだ。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『オリガ・モリソヴナの反語法』
(米原万里 / 集英社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/184758/
ソ連時代のプラハで生きる日本人の少女が、舞踏教師オリガと出会ったことによって生まれた小説。『あの本は読まれているか』を読んでいるとき、この小説のことを思い出していた(描かれている時代が似ているからかな)。この本も小説ならではの面白さに満ちているから全人類に読んでほしいよ。
書籍:『パステルナーク全抒情詩集』
(ボリースパステルナーク, 工藤正廣(翻訳) / 未知谷)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/289725/
私が唯一読んだことのあるパステルナークの著作がこちらだったのだけど、詩はとてもよかったのでおすすめです。比喩が適切だ。
Kaho's note ―日々のことなど
面白そうな翻訳モノが最近たくさん出てるので、久しぶりに大きい本屋さんに行ってたくさん買ってきました。Amazonで買うのも便利ですけど、本屋さんで本を買うのってやっぱりとっても楽しいですね。大きい本屋さんに行くとアドレナリンが出てきます。本屋さんに行ける世の中になってほんとによかった。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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