今月の一冊は、小川洋子の小説を読むと心が落ち着く理由『シュガータイム』(中央公論社)
今月の1冊、『シュガータイム』(中央公論社)
書籍:『シュガータイム』
(小川洋子 / 中央公論社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/18009/
選書理由
小川洋子さんの作品、定期的に読み返したくなるんですよね。いつも読み返すたびに新鮮で気持ちが落ち着くので、小説って不思議だな、と思います。
ブックレビュー
食欲というのは不思議なものだとよく思う。
基本的には「本能」なはずだ。食べないと人は生きていけない。生きるためになにかを摂取することを指すのなら、生きとし生けるもの、みんな食欲に類するものはあるはずだ。
しかし少なくとも人間の場合、食欲は、自分の体と同時に、精神とかなり深く結びついている。
いらいらすることがあると甘いものがほしくなる、とか。話してて楽しい人といると、なぜか食欲が進んでしまう、とか。あるいは食べることはいいことだと分かっているのに、どうしたってなぜかものを食べたくない、とか。
自分の心と深く結びついている。
小川洋子の『シュガータイム』は、食欲が止まらなくなった女子大生の物語である。
彼女は日記をつけている。今日なにを食べたか、その記録をつけるためだ。
どちらかというとやせ気味だったのに、ある日突然強い食欲が胃に貼りついた彼女。その日々は、食欲に支配されている。
背が伸びない弟、新興宗教の存在、話を聞いてくれる大学の友人、そして恋人の男性の存在。彼女の大学生活は、奇妙なかたちでどこか捩れてゆく。
『シュガータイム』は様々な切り取り方ができる物語だと思うが、なかでも特筆すべきは、彼女のその不思議な食欲ではないだろうか。
「自分のなかに、別の、自分ではない存在がいるみたいな食欲」というものは、意外と多くの人が経験したことのあるものではないかと私は思うのだ。
女性だったら生理前や、あるいは睡眠不足、あるいは精神的につらいことがあった時もそうかもしれない。しかし原因はここではとくに重要なものではない。ただただ、自分の口の中に、食欲がある。その食欲は、たしかに自分のものなのに、どこか、自分のものではないように感じてしまう。
「身近な奇妙さ」というのは小川洋子作品に頻出するモチーフだが、本書の「奇妙」なものは、なによりも主人公の胃の中にある食欲である。
まるで食欲が生き物かのように、描かれるのだ。
心の中にあるものと、自分の体の状態というのは、つながりがしっかりあるように見えて、その原因を特定しても意味のないことが多いのかもしれない。ぼんやりとしたストレス、あるいは不安。そのようなものが彼女の場合は食欲だっただけだ。
なんとなく不安を感じていたり、毎日がせわしない人にとって、おそらく小川洋子作品こそがなによりもその不安をおさめる存在になり得るだろう。
小川洋子の描く物語を読むと心が落ち着くのは、身近な不安を、なんらかのモチーフ――今回だったら食欲そのものとか――にうつし、それを物語にしてくれているからではないだろうか。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『海』
(小川洋子 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/233848/
書籍:『猫を抱いて象と泳ぐ』
(小川洋子 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/195257/
小川洋子入門にはこの一冊をぜひ。チェスの話なのですが、チェスのルールがわからなくても引き込まれる作品。
Kaho's note ―日々のことなど
灼熱の京都に引っ越してきました! およそ3年ぶりの京都の夏の暑さに怯えていたのですが、いざ来てみると、意外にも今年は雨がかなり多い。例年より涼しい気がします。そのかわり湿気はすごいですが。スコールみたいな雨が降ってきます。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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