今月の一冊は、大いなる自然と、社会のなかの孤独。読んだらきっと何かを思い出す『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)
今月の1冊『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)
書籍:『ザリガニの鳴くところ』
( ディーリア・オーエンズ ,友廣純(翻訳)/ 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/286698/
選書理由
『ザリガニの鳴くところ』という小説が面白くて売れている……という評判をきいていたので、ずっと読みたいな~と思っていたのです。著者のディーリア・オーエンズはもともと動物学を学んでいたということで、自然の描写が美しい小説でした!
ブックレビュー
「湿地は、沼地とは違う。湿地には光が溢れ、水が草を育み、水蒸気が空に立ち昇っていく。緩やかに流れる川は曲がりくねって進み、その水面に陽光の輝きを乗せて海へと至る。いっせいに鳴きだした無数のハクガンの声に驚いて、脚の長い鳥たちが――まるで飛ぶことは苦手だとでもいうかのように――ゆったりとした優雅な動きで舞い上がる」
(『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳、早川書房p7)
都会に住んでいると、自然そのものを、忘れて生きているように感じるときがある。
たとえば旅行にいったとき、海に潜ったり、ふだんは見られない大自然を前にしたりすると、なんだか普段忘れていたものを見かけたような気になる。都会に住んでいると、ちょっと忘れてしまいそうな自然の存在。
だけどそんな感覚はもちろん都会に住んでいる人間の傲慢なのであって、本当はむしろ自然のほうがずっと前にあったのである。私が普段出会わないから、あるいは気にしないから、出会わないだけで。
そんなことを考えると、自分の想像力の限界、あるいは、「ふだん出会わないものを忘れてしまう」のだなあ、ということに気づく。
自然も、人間も、ふだん見かけないものを、私たちは簡単に忘れるし、想像できなくなる。
『ザリガニの鳴くところ』の主人公・カイアは、家族に見捨てられ、たったひとりで湿地で生きている少女。
学校にも通えず、おなじく湿地に生きる動物たちだけが友人だったのだ。
しかし成長したカイアのもとに、人間の少年があらわれる。そうしてカイアは、男性や大人と出会っていく。
10年後、村である殺人事件が起きる。犯人として疑われたのは、カイアだった。
10年のあいだにカイアに何があったのか?
60年代の自然豊かなノースカロライナ州の小さな村を舞台に、カイアの人間関係や成長を描くジュブナイル小説である。
なんと『ザリガニの鳴くところ』の作者ディーリア・オーエンズは、69歳ではじめての小説を執筆したのだという。このデビュー作が全米で大ヒットということで、アメリカンドリームだな~とびっくりしてしまう。
作中の自然の描写が美しいのは、作者がジョージア大学で動物学の学士号を、カリフォルニア大学デイヴィス校で動物行動学の博士号を取得したのち、ネイチャーノンフィクションライターとして自然について文章を書いていたからだろう。
カモメやカマキリやホタルといった、動物や虫たちも、小説のなかで豊かに描かれている。
だけどこの小説は、ただ自然の描写が美しいジュブナイル小説ではない。
物語の後半、法廷や村のなかで、カイアへの偏見が強くなっていく場面では、「よくわからない存在」に対してどんどんあたりがきつくなっていくさまが描かれている。
身分が低いから、あるいは、お金を持っていないから、あるいは、いままで見たことがないから。なんとなく、知らないままで、偏見をもってしまう。
冒頭でも言ったように、私たちが普段見慣れないものに対して、どれだけ傲慢になってしまうか。『ザリガニの鳴くところ』は、カイアの成長を描きながら、一方で社会の残酷さも描く。 その二面性があるからこそ、たくさんの人に読まれたのかな、と感じる。
大いなる自然と、社会のなかの孤独。
カイアをめぐるふたつの側面は、そのまま小説の二面性にもつながる。
自然に出会いたい人も、社会のなかで忘れられがちなものの存在を危惧する人も、『ザリガニの鳴くところ』を読んだらきっとなにかを思い出す。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『スティル・ライフ(新潮文庫)』
(池澤夏樹 / 株式会社ボイジャー)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/8328/
書籍:『老人と海』
(ヘミングウェイ , 高見浩(翻訳) / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/290279/
もう少し荒っぽい自然の描写を愉しみたいときにおすすめの小説。つよく照りつけてくる日差し、荒れ狂う海の描写が、物語のあらすじ以上に印象に残る。意外と短いので、挑戦してみては。
Kaho's note ―日々のことなど
急に寒くなりましたね! 私は寒がりなので、もう毛布もデロンギも室内もこもこ靴下も出してしまいました……。毎年この時期になると「もうけっこう寒いのに、はたして冬は越せるのか」とおびえます。『ザリガニの鳴くところ』を読んでいても、「冬!! 室外で生活!! さ、寒そう!!」と泣けました(本題はそこじゃないですが……)。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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・本が好き!2020年9月月間人気書評ランキング