今月の一冊は静かな言葉を操る、密やかな連作短編集『人質の朗読会』(中央公論新社)
今月の1冊、『人質の朗読会』(中央公論新社)
書籍:『人質の朗読会』
(小川洋子 / 中央公論新社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/216392/
選書理由
小川洋子さんの短編集がランクインしていたので選びました! 彼女の小説は短編がとても好きです。今回紹介するものも良かった。
ブックレビュー
小川洋子の小説を読んでいると、言葉というものが持つ、不思議な機能を思い出す。 そうだった、そういえば言葉というものは、こうやって人を静かにさせる不思議な効果があるのだった、と。
不思議だ。言葉を使えば使うほど、小川洋子の小説は、静かになってゆく。
今回紹介する『人質の朗読会』は、静かな言葉を操る、密やかな物語である。
さまざまな人物の語りによって構成された連作短編集。唯一の共通点と言えば、語り手は全員、すでにこの世からいなくなっていること。彼らは生前、ある事件で「人質」として閉じ込められたのだ。
見張りの見守る中、彼らは語る。自分の人生において、きっとこんな運命にでもならなければ語られなかったであろう物語を。
私たち読者は、彼らがこの後どうなるか知っている。だからこそ、彼らの語る物語が、静かに響く。そこには、どこか死が間近に迫っていることを予感があり、しかしそれを怖がることや嘆くことはせずに、生きることをただ受けて入れている語り手たちの佇まいが存在する。
考えずにはいられない。自分がもし同じ立場になったら、自分はいったいどんな記憶の物語を朗読したくなるのだろうか。
たとえば、「死んだおばあさんに似ている」と何度も言われる女性の物語。彼女は、不思議なその運命について語る。しかし、自分には手を伸ばしても届かないものがあることを、最後に打ち明ける。
あるいは、メガネ屋の父を持ち、母からは眼科になることを子ども時代から望まれていた、ある男性の物語。彼は、とある老人が気にかかるようになる。老人は、地面に布を敷き、ガラクタのような縫いぐるみを売っていたのだ。
さまざまな人生の思い出を彼らは語る。
いったい記憶とは何だろう、と不思議に思う。他人の記憶をきいてゆくと、どんどん波の静かな場所に辿り着く気がする。それはもしかしたら、過去というものが、そもそも既に失われた時間のかたまりであり、生と死の境界線の近くに存在するものだからかもしれない。
小川洋子の物語を読むと、いつも、胸の奥がしんとする。それはきっと本書で語られている記憶の物語と同じように、彼女の語る物語に、どこか死と、そしてもうなくしてしまったものたちの存在が、べったりとはりついているからかもしれない。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『海』
(小川洋子 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/233848/
書籍:『薬指の標本』
(小川洋子 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/39749/
こちらは中篇が収録されていますが、本当に好きな小説! ちょっとこの小説は映画っぽいというか、海外の古い映画を観ているような気持ちになる本です。
Kaho's note ―日々のことなど
久しぶりに小川洋子さんの短編集を読んで、あまりの完成度の高さに震えました……。2月に新刊『それを読むたび思い出す』(青土社)というエッセイ集が出ます! 初のエッセイ集、ちょっと緊張しております。自分のなかの記憶、というか、エピソードを引っ張り出してきました。よければぜひお手に取ってもらえると嬉しいです。
〈2/4発売〉三宅香帆さん初エッセイ『それを読むたび思い出す』
書籍:『それを読むたび思い出す』
(三宅香帆 / 青土社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/304661/
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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