今月の一冊は、ある意味、フィクションとして割り切れない怖さが宿る『霧が晴れた時』(KADOKAWA)
今月の1冊、『霧が晴れた時』(KADOKAWA)
書籍:『霧が晴れた時』
(小松左京 / KADOKAWA)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/57428/
選書理由
小松左京の作品といえば、有名な小説しか読んだことがなかった。……そんな自分にぴったりな短編集を今読んでみました!
ブックレビュー
小松左京による、ホラー短編集。
……そう聞くと、どんなに怖い作品が収録されているんだろう、と怯えてしまう。普段そんなにホラー小説を読まない身なら尚更だ。
しかし実際に読んでみると、これはホラーというよりも、現実世界の片隅で起きてそうな出来事を描いているから怖いのだ、と、気づく。つまり本書で描かれている物語を、フィクションとして現実と切り離して読むか、あるいは現実の延長線上の話として読むのか。それによってかなり読後感が変わってきそうな作品ばかりが、収録されている。
それはおそらく、小松左京という作家の本質が「SF」というジャンルにあるからではないか――なんて思ったりする。
本書にはさまざまな小説が掲載されてるのだが、とくに目立つのは、戦争をテーマにした物語である。
たとえば短篇小説「召集令状」。
会社の新入社員に、ある日、召集令状が届いた。なぜこんなものが届くのか? いたずらじゃないか? 最初は無視していたが、次第にほかの男子社員にも、召集令状が届き始める。そして彼らは、会社に来なくなってくる。
あるいは、短篇小説「くだんのはは」。
阪神間大空襲で家が焼けてしまった主人公は、ある屋敷に招かれる。屋敷で暮らすことになったが、その屋敷には元々おばさん、姿を見せない娘、そして住み込みの家政婦という不思議な女性たちしか住んでいなかったらしい。しかし住むうちに、屋敷に隠された秘密を知ることになる。
――1931年生まれの作家だからこそ描くことのできる、身近で、切実な、戦争が忍び寄って来る感覚。現代の私たちが読んだら、おそらく「怖い」としか感じない。いきなりこんなふうに戦争の影が日常に入ってくるなんて。怖い。ホラーだ。
だが一方で、これが単なるホラーではなかった時代が、国が、たしかにそこにあるのだ。
小松左京の描くSFは、現実とちょっと違う未来や世界を綴っているように見せて、実は私たちのすぐ隣まで迫っている世界観を表現している。その手腕は、短篇小説でも、変わらない。
戦争の恐怖を描くにしても、小松左京は決して銃弾の音や敵兵の恐怖を描くわけではなく、私たちの生活にそっと忍び寄る怖さを描く。そこには、ある意味、フィクションとして割り切れない怖さが宿る。しかしだからこそ小松左京の小説は、時代を超えていつまでも読み継がれる。
ホラー小説でありながら、現実の社会の在り方を反映した小説でもある短編集。ぞわっと背筋が凍る感覚を、本書で味わいつつ、小松左京が表現したかったものを知ってほしい。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『復活の日』
(小松左京 / KADOKAWA)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/268770/
小松左京入門におすすめの長篇小説。コロナ禍に読むとフィクションだと思えない、ある新種の細菌によって人類滅亡の危機に陥る物語。SF小説の役割のひとつに、「小説でしか描けない設定を描くことで、逆に現実をより明瞭に見せる」ことがあるけれど、それを見事達成した小説ではないだろうか。
書籍:『歯車―石ノ森章太郎プレミアムコレクション』
(石ノ森章太郎 / KADOKAWA)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/314825/
Kaho's note ―日々のことなど
私は今年の2月、旅行や出張の用事が多くて、バタバタしているとなんだかあっという間に過ぎてしまいました。が、毎年2月って「短いな~」と思っている気がします。そして寒さのピークがやってくる時期ですね。来月の連載記事を書く頃には暖かくなっているかなあ。はやく春が来て欲しいものです!
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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