今月の一冊は、短編小説には、思いがけず作家性が表現されている『猫を拾いに』(新潮社)
今月の1冊、『猫を拾いに』(新潮社)
書籍:『猫を拾いに』
(川上弘美 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/266071/
選書理由
ひさしぶりに作家の短編集を読みたいなあと思っていたところだったので、川上弘美の短編集(未読)! と飛びつきました。
ブックレビュー
短編集というものは、長編小説を読むのとはまた違った感覚がある。「作風」としか言いようのない、その作者個人の感覚のようなものが表現されている。短編小説を読んでいて、「あ、ここでそういう結末にもっていくんだ」「え、こういう展開で終わらせる!?」と読者のぼんやりした予想と違う場所に連れていかれる時、私は、作者のみずみずしい感覚に触れたような気がして、ちょっと嬉しくなる。
たぶん、長編小説のように、キャラクターや展開の伏線や構造がしっかりと決まった世界よりも。短編小説のほうが、作者の感覚や思想が嗜好が、ちょっとだけ自由に、出てくるのかもしれない。
そういう意味で、本書『猫を拾いに』は、川上弘美ワールドとしか言いようのない不思議な感覚を味わわせてくれる物語をたくさん収録しており、大満足の一冊である。
本書に収録された小説は、恋の物語が多い。が、こういうと恋愛小説ど真ん中を想像してしまうかもしれない。そういうと、ちょっとだけ、齟齬がある。ここに描かれている世界には、たとえば地球外生物だったり、あるいはオーラを読める人だったり、あるいは小さな手のひらサイズの人だったりと、少し不思議な存在がたくさん登場するからだ。
SFなのかな? と感じるような作品もたくさんある。
しかし川上弘美という作家の面白いところは、それらの小説を、決して優しいだけの、のほほんとした世界では終わらせないところ。
たとえば収録された短編小説「ホットココアにチョコレート」。
この小説は以下のような書き出しで始まる。
世界一のサンドイッチのつくりかたを教えてあげよう。
こう書かれて始まる小説は、食パン(できれば雑穀)の切り方、焼き方、そしてレタスの水をぬぐうこと、ハムの選び方なんてことを教えてくれる。それは、主人公が素敵な彼氏から教えてもらったサンドイッチの作り方なのだ。
だが、そんなサンドイッチの作り方を教えてくれる彼氏に、主人公は少しだけ、居心地の悪さを覚えている。その理由は……という作品だ。
この物語は、「人生は、甘いだけでは終わらない」ということを、はっきりと、しかしあくまで美しく、丁寧に、川上弘美が描いてくれている。
小説を、ホットココアのような逃避行の場所に、しない。それが川上弘美の美学なのだと、理解させてくれる。そこが私は、この作家の好きなところなのだなあと本書を読んで改めて思ったのだ。
さまざまなかたちで描かれる短篇小説は、作家性を思いがけず表現する。川上弘美をはじめて読む人にも、触れてほしい本である。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『海』
(小川洋子 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/233848/
好きな短編集、といえばこれ。少し不思議な世界を描きつつも、優しいだけではない世界観、という点は小川洋子も川上弘美も共通していますね。
書籍:『とかげ』
(吉本ばなな / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/55030/
Kaho's note ―日々のことなど
急に暑くなりましたね……! お元気でしょうか。短編集って細切れに読めるのがいいところですよね。今回紹介した『猫を拾いに』もとっても短い小説だらけなので、忙しい夏に是非読んでほしいです!
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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